4−1 既存資料の整理と対比

 関東平野南西部の表層は、北東から南西に向かって、武蔵野台地、多摩川低地、多摩丘陵、相模原台地、相模川低地が帯状に配列している(図4−1)。川崎市に広く分布する多摩丘陵の基底には中期更新統の下総層群相当層はなく、直接第四紀更新統から第三紀鮮新統の上総層群が分布しており、さらにこれは第三紀中新統の三浦層群を不整合に覆っている。三浦層群の下位には先第三系(中・古生層)が分布しており、通常はこの先第三系が関東平野の基盤と考えられている(日本の地質3、関東地方、1986)。

 川崎市周辺の活断層については、立川断層が挙げられる。新編日本の活断層(1991)によればその概要は、確実度1、活動度B、長さ21km、南西落ち上下、などとなっている。山崎(1978)によればこの断層の南東端は国立市矢川で確認され、さらにその痕跡は多摩川沖積地に接するが、多摩川を越えてその延長は確認できないとしている。一方、松田、ほか(1977)は、多摩川以南については、段丘上の変位らしきもの等の特徴が町田市成瀬付近まで追跡出来るが、これが立川断層と関係するのかどうかは不明としている。最近、東郷ほか(1996)によってトレンチ調査から立川断層が多摩川を超えているとする報告がある。

 関東平野の重力異常図(図4−2)によると、川崎市地域のうち川崎市中央部から横浜市緑区にかけては低重力部にあたり、関東平野の中で比較的基盤深度が深いことが想定されている(駒沢、1985;多田、1982、1983)。

 鈴木(1996)は、既存の反射法および深層ボーリングのデータをもとに関東平野全域の基盤構造や上総層群基底など堆積構造の検討を行っている。これによれば、川崎市地域は、関東平野に存在するL字型の盆地構造の局所的な底の縁に位置し、緩やかな南西傾斜、または水平構造であると推定されている(図4−3(a)図4−3(b))。

 調査測線上には基盤に至る深いボーリングはないが、周辺には以下のようなものがある。

  基盤深度 三浦層群上面
防災科学技術研究所
府中地殻活動観測井
(鈴木他、1981、1985)
1977m 1449m
防災科学技術研究所
江東地殻活動観測井
(鈴木、1996)
2572m 1670m
防災科学技術研究所
横浜地殻活動観測井
(鈴木、1994;防災科技研1999)
>2045m(堀止め) 1370m
防災科学技術研究所
厚木地殻活動観測井
(防災科技研、1999)
>1830m(堀止め)  

 図4−4に横浜観測井の地質柱状図及び物理検層図(防災科技研、1999)を、図4−5に江東観測井の地質柱状図及び物理探査結果の比較図(鈴木、1996)をそれぞれ示す。

 防災科学技術研究所の府中地殻活動観測井(約2780m)で行われた油圧インパクタ震源・3成分孔内地震計によるVSP調査(浅野、ほか、1991;井川、ほか、1992)をコンパイルして再解析した結果、深度2.7km(基盤面は深度約2.0km)までの垂直方向のP波およびS波の速度が精度よく求められている(川崎市、1999)。図4−6をみると、基盤上部のP波およびS波速度は多少の変動があるが、それぞれ4.8〜5.5km/s、2.8〜3.0km/sと推定されている。また三浦層群(P波2.5km/s〜3.5km/s、S波1.2km/s〜1.5km/s)と上総層群(P波約2.5km/s未満、S波約1.2km/s未満)の間に速度不連続が存在するようにみえる。

 図4−7に、関東平野における基盤深度とブーゲ異常の対比図を示す。基盤深度は、検層データまたは反射法地震探査による推定値である。基盤深度が比較的浅い関東平野東部における両者の相関は比較的良く、基盤岩質に応じて回帰曲線が求められている。一方、基盤深度が深い関東平野南西部における両者の相関は悪い。例えば、横浜市北部など基盤深度が深くなるのにブーゲ異常からは浅くなる(逆相関の)地域が存在しており、ブーゲ異常値そのものから基盤深度を直接推定することはできない。

 首都圏基盤構造研究グループによる夢の島人工地震実験から、関東平野南西部を中心とした広域的な地下深部構造が求められている(例えば、嶋、ほか、1978;首都圏基盤構造研究グループ,1989)。夢の島−平塚−小田原測線では、一部確定されていないが、4.8km/s層及び5.5km/s層の地震基盤を含む4層速度構造モデルが提唱されている。これにほぼ並行する夢の島−江ノ島測線では、4.7km/s層及び5.5km/s層の地震基盤を含む5層速度構造モデルが提唱されている。興味深いことは、これらの一連の発破実験から、川崎市王禅寺から横浜市都筑区川和町を経て東京湾に至る線を境として基盤構造に南西落ちの顕著な段差が推定され、立川断層との位置関係が議論されていることである(多田、1982;小林、ほか、1985;山中、ほか、1988、1991)。

 図4−8に、平成11年度川崎市による屈折法の結果(川崎市、2000)と首都圏基盤構造研究グループによる一連の夢の島人工地震実験によるタイムターム値の比較を示す。図中に、平成11年度川崎市の結果とこの測線に交差する4つの夢の島人工地震実験結果を重ねている。また、平成10、12年度川崎市、および、平成11年度横浜市の反射法に伴う屈折法解析結果も示している。夢の島人工地震実験の5.3〜5.6km/s層はその速度が変動しているが同一層であると考えられている(東京都,1989)。平成11年度川崎市による基盤のタイムターム値は、夢の島−高尾および黒川−東扇島測線の5.3km/s層に、夢の島−平塚測線とは4.8km/s層に数値的に一致する。しかし、黒川−東扇島測線に対しては一致する層がなく、4.8km/s層と5.3km/s層の中間に推定されている。つまり、平成11年度川崎市のタイムターム法による基盤構造について、測線の北東半分では小林、ほか(1985)の5.3〜5.5km/s層に対応し、測線の中間では4.8km/s層と5.5km/s層の中間に対応し、測線の南西端では、4.8km/s層に対応する結果となった。また、推定されていた南西落ちの顕著な基盤段差は確認されなかったが、基盤形状は多摩川から鶴見川の間で凹状の構造が得られており、基盤深度は2.8〜3.5kmと推定されている。

 図4−9に平成7年度川崎市による反射法と平成11年度川崎市によるタイムターム法による結果を重ねたものを示す。タイムターム法による5.0km/s層が反射法で得られた基盤深度にほぼ対応しており、地震基盤上面の速度を表していると考えられる。しかし、その形状が若干異なっており、タイムターム法で表れた基盤の落ち込みの位置が、反射法の結果より北東にずれているようにみえる。この地域に対する信頼できるデータとして平塚発破があり、これによると横浜市都筑区川和町からセンター南駅付近まで、基盤不連続に伴う初動ギャップは観測されていない。これは、屈折波が基盤から地表に到達するまでに要するオフセットが北東方向に2km程度あるため、タイムターム法による基盤の落ち込み位置が北東方向に誤差を持つものと考えられる。

 図4−10に、東京湾における音波探査結果のうちB3測線(加藤、1988に加筆、修正)と平成12年度川崎市測線の対比を示す。B3測線は、川崎港沖の現在の東京湾横断道路に沿う約9.5kmの北東−南西測線である。平成12年度川崎市測線とは、最短距離約5kmの開きがあるものの、両者の対比が可能である。両者の堆積層の傾斜を比較すると、川崎市内陸では北西に傾動していた上総層群が、川崎港沖では南東に傾動している。また、内陸から川崎港沖にかけて一旦浅くなった基盤が、川崎港沖で急に落ち込んでいる。陸海境界部での調査が行なわれていないので断言はできないが、1つの可能性として、東京湾の海岸線沿いに向斜軸、または、大きな構造変化が考えられる。

 関東平野南西部における深度断面を総合して対比した図を、図4−11に示す。これは、関東平野南西部周辺で行われた反射法の結果(川崎市、1996;川崎市、1999;川崎市、2001;横浜市、2000;横浜市、2001)を基に作成したフェンスダイヤグラムである。図4−12に、断面上で基盤面を追跡するとともに、断層(潜在断層)を識別した。また、横浜観測井における三浦層群/上総層群境界(深度約1400m)を基にしてその付近の反射面を大局的に追跡し、堆積層中の地層区分を行なった。各測線の解釈図面上の堆積層および基盤は、互いによく対応している。横浜市北部で明瞭に現れた基盤不連続と上位堆積層の撓曲以外に、三浦層群および上総層群には不規則な傾斜、とう曲が複数存在しており、これらの地域をアノマリー(a〜e)と称する。これらの特徴は以下の通りである。

アノマリーa 川崎市麻生区
上麻生
上総層群下部における凸状構造
アノマリーb 川崎市高津区
梶ヶ谷
上総層群上部〜下部における北西落ち撓曲
アノマリーc 川崎市高津区
末長
上総層群の北東落ち撓曲、基盤の南西落ち撓曲
アノマリーd 川崎市中原区
小杉町
基盤の東南東落ち急傾斜構造
アノマリーe 横浜市都筑区
川和町
三浦層群中部〜基盤における北東落ち撓曲

 これらの断面図から関東平野南西部の第三紀〜第四紀テクトニクスを考える上で、新しい知見を得るところが多く、まだ十分に測線は網羅されていないが、今後、周辺の活断層との関係など3次元的な地質構造発達過程の考察が可能となるであろう。なお、今回描き入れた断層線については現状における一つの解釈であり、今後の新たな情報により変更される可能性がある。

 平成11、12年度横浜市測線で確認された落差1km弱の基盤不連続が、川崎市に達するかどうかについて、基盤形状が明瞭でない部分もあり明確に追跡することは難しい。可能性としてアノマリーa〜eのいずれかが考えられるが、素直にアノマリーeに接続されるのが自然である。この場合、アノマリーeにおける基盤の落差はたかだか400mであり、上位の上総層群の撓曲も明瞭には確認できないため、断層の終端部に近づいていると考えられる。さらに、平成12年度川崎市測線において基盤落差がありかつ上位堆積層に撓曲がある地域が存在しないため、基盤不連続が川崎市を超えて東京都に達することはないと考えられる。ただし、平成12年度川崎市測線で川崎市東南部に複数の断層(正断層)が確認できる。これらの変位量(20m以下)は小さく累積性も認められないので活断層ではないと思われ、緊急性はないが今後注意をする必要があろう。

 最後に、図4−13に川崎市地域の基盤深度分布図、図4−14に川崎市地域の上総層群基底深度分布図を示す。これらの図を南南東からの鳥瞰図で表現したものを図4−15に示す。データとして、反射法による深度断面と周辺の高深度観測井の坑井データを利用した。緯度・経度にそって0.002度×0.002度にメッシュ展開した後、250m毎に基盤深度の等高線を引いた。等高線は川崎市地域を包括する矩形内において作成したが、東京都や横浜市内の一部で観測データ密度が低い地域が存在するため、これらの地域を対象にした議論は注意が必要である。鈴木(1996)、鈴木(1998)による結果と比較すると、川崎市地域の基盤は両端部を除いて北西−南東方向にフラットである点や南西方向の横浜市側に傾斜している点は一致している。しかし、川崎市地域において一連の反射法探査の結果が加わったことで、より微細な構造形態が得られている。例えば、横浜市北東部で見つかった基盤の不連続は既存のデータ(爆破による屈折法、重力異常図)からは検出できず、今回の調査で初めて明らかにされたものである。また、上総層群は最深部の千葉県中西部に向かってなだらかに傾斜しているのではなく、川崎市中部〜南部では逆傾斜の北西傾斜になっていることが認められた。これは溝口褶曲の南翼およびその延長をみていると解釈され、溝口褶曲が多摩丘陵を広域的に支配している点で、第四紀テクトニクスを考える上で重要な存在であると考察される。