2−8−1 断層の位置・性状と確実度

今回行った文献調査、空中写真判読,地表踏査,ボーリング調査およびトレンチ調査の結果から、北武断層の位置・性状と確実度に関して以下にまとめた。なお、断層名については、活断層研究会(1991)に準じ、東方から北武断層、北武断層西部とし、これらに沿う断層を北武南断層とし、これらを一括して”北武断層帯”と称した。図8−1−1−1図8−1−1−2に活断層図(縮尺1:25,000)を示す。

(1)北武断層

北武断層の陸上部の分布位置は、空中写真の判読などから太田ほか(1982)や太田・山下(1992)などによって詳細な調査がなされ、右横ずれ変位が顕著な確実度Tの活断層であることが示されている。

今回の調査でも空中写真判読、現地踏査、ボーリング調査、トレンチ調査などで先の文献に沿う位置の各所で断層の存在が確認できた。

断層の長さは、断層変位地形の明瞭度から東部の野比海岸付近から西部の松越川中流付近までの約8.5kmである。なお、活断層図として示した断層の位置は、これらの調査結果に基づいているが、谷底平野の幅が広く断層位置が特定できないところについては幅をもって示した。

以下に、調査によって確認された断層の位置について示す。

陸上部の断層東端の位置は、太田ほか(1991)のボーリング調査や佐藤ほか(1994)によるトレンチ調査からほぼ特定されている。しかし、海岸部から海域へは地形の改変や海浜砂の被覆により不明瞭となっている。

長沢四ッ田からコウロ(NTT横須賀研究開発センター)付近では系統的な谷の右横ずれ地形が確認できる地域であったが、「横須賀リサーチパーク」が造成され、その地形改変により現在では変位地形が消失している。土地開発時には3ヶ所でトレンチ調査が実施され北武断層の位置が確認されている。今回の現地踏査では横須賀リサーチパーク内の水管路掘削工事法面で、断層露頭が確認できた。ただし、造成後であり断層とその上位の新規堆積物との関係は確認できなかった。

竹川上流の武1丁目では、北武断層の破砕帯と判断できる人工切取斜面を確認した。本地点では谷底平野に幅があり、断層位置としては幅をもって示した。

小田和川上流域の太田和5丁目、No.3地点では既存及び今回のボーリングおよびトレンチ調査から、完新世の河成堆積物基底面等高線図を作成し、埋積谷の形状を推定した。その埋積谷の屈曲状況と空中写真判読結果から、北武断層位置がほぼ特定された。

No.2地点は、変位地形から想定される断層位置と地質分布状況、ボーリング調査結果から断層位置を推定できた。

No.1地点(芦名野々池)はボーリングおよびトレンチ調査の結果、完新世河成堆積物を切る断層露頭を確認した。

小田和川から西方地域は断層鞍部の連続や低断層崖地形により、断層位置はほぼ特定されるが、谷の横ずれ変位は東方地域に比べ不明瞭となり、松越川中流域付近でみられなくなっている。

北武断層のほぼ西端部(松越川中流地点)では、神奈川県環境部(1995)によるトレンチ調査がある。本地点では北武断層の西方延長と考えられる断層を確認している。

海域部の北武断層の位置は地質調査所(1995)によれば、北武断層延長方向に約3kmの断層を示しているが、野比海岸から沿岸部の記載がなく約1km間が不連続である。また、この断層は海底谷堆積物を切っていないように図示されているが、堆積物の年代対比試料は得られておらず、完新世の堆積物を切っていないとは断言できない。野比海岸から非表示箇所を含めた断層延長は約4kmである。

(2)北武断層西部

北武断層西部は、北武断層の西方延長に位置するが、松越川中流右岸付近から西方の秋谷天井杉付近まで約400m間には断層変位地形が認められず断層は不連続となっている。

北武断層西部とした位置は、地表踏査の結果、これに沿って基盤に断層が認められ、関根川と交差する付近には断層破砕帯地すべりによる被害も顕著であった。しかし、谷の横ずれのような明瞭な変位地形は認められず、活断層としての確実性に欠ける。

本断層西端部の久留和海岸付近で完新世段丘(中位面:U面)の高度の不連続性が認められている(熊木、1981)。しかし、宅地による地形の改変等で、現在この断層変位地形の確認はできなかった。

太田ほか(1982)は、西端海岸付近を確実度U、その東方を確実度Vの活断層としている。また、活断層研究会(1991)は本断層の西端部を確実度T、その東方を確実度Vの活断層としている。

本調査では、北武断層西部の確実度は、西端の久留和海岸付近を文献に準じU、その東方地域をVとする。

北武断層西部の長さは、秋谷天井杉から久留和海岸まで2.7kmである。

(3)北武南断層

長坂ゴルフ場−射撃場−山崎山の間に、鞍部の連続がみられるが、変位地形としては不明瞭である。太田ほか(1982)は山崎山からさらに西方の武山北東方の山地と谷底平野との境界まで延長している。長さは約4.2kmである。

現地調査では葉山層群の衣笠泥質オリストストローム層と鐙摺層または森戸層との地層境界にほぼ相当するが、これが断層関係か否かは確認できなかった。

太田和3丁目付近には不明瞭であるが、河川の屈曲が小田和川に沿って東から西へ松越川付近まで約1.2km認められる。

北武南断層とされたものはいずれも不明瞭であり、確実度U〜Vとされている(太田ほか、1982、活断層研究会、1991)。本調査では新知見が得られなかったため、文献に準じ確実度はU〜Vとする。

図8−1−1−1図8−1−1−2 活断層図(縮尺1:25、000)